2005年09月23日

沖縄そばのルーツ・客家 ^m^

沖縄そばは、そばと呼ばれているが蕎麦粉は入っていない。
100%小麦粉である。

実は沖縄そばは蕎麦粉が入っていないので、
復帰後本土へ販売することができなかった。

全国生めん類公正取引規約では、
「そば」の名称を使うにはそば粉が30%以上入っていないとダメだったのです。


こんちにわ、ご協力ありがとうございますアガ!(痛い!)  
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Posted by 伊敷豊 at 12:08Comments(7)TrackBack(0)

2005年07月22日

感性人間になれる ^m^



何かクリエイティブな印象、響きがありますね。
感性って、いろいろな要素、捉え方があるとおもいますが、
以前書いた記事に「透けて見える」と書きましたが、
感性の高い人は例外なく、その人の心の奥底が見えています。

一流と言われる人たちは、もっています。
イチロー選手やあのミスタージャイアンツの長島さんはその典型でしょう。
長島さんは、動物的カンとか、カンピューターとかいわれ
理路整然というよりも、ピシッ、ザーとか、その感覚的な言葉の表現が多かったそうです。
でも、高いレベルになればなるほど、
感覚的な要素が強くなり、
微妙なニュアンスをなかなか言葉で表現できないのもなんとなく理解できます。

たまに聞かれます。
「感性って先天的なもので、一部の人の特殊な才能ですよね」って。
私は、そういう時に

「感性は、高めることがきでます。皆さん感性人間になれます」


人気blogランキング15位、1日1クリックがブログエネ源


そう答えると皆さん驚きます。

  
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Posted by 伊敷豊 at 05:45Comments(111)TrackBack(1)

2005年07月07日

さつまいもは元々沖縄にあった ^m^

さつまいも
 
さつまいもというから

もともと鹿児島で栽培され広まった

 
だと思われるかもしれません。

 
 
でも、本当はそうではないです。


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全国では「さつまいも」って言いますが、

鹿児島では「唐いも」って言われています。

 
そういう事実ってあまり知られていませんね。

なぜでしょうか?

 
「唐いも」ということから、実は中国から伝来したことがわかります。
鹿児島に中国から直接伝来したのではなく
実は、沖縄を経由して九州に伝来したのです。


伝来した九州では、「唐いも」「琉球いも」といわれた記録が残っています。
 

鹿児島には、ちゃんと沖縄から伝来したことが
歴史として名前に刻まれているんですね。
 


鹿児島以外の地域が「さつまいも」って言うんですね。
 

沖縄には琉球王国時代の1605年に中国から伝来したのです。


 
 
その伝来の地が嘉手納町です。

嘉手納出身の野国總管(当時の役人)が

中国から唐いもを持ち帰ったのが最初です。

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野国總管は、尚寧王時代に首里王府の進貢船(貿易船)の總管役を勤めた役人。
 


詳しくは、嘉手納町のホームページに掲載されているのでご覧ください。
http://www.town.kadena.okinawa.jp/
 
嘉手納町では甘藷伝来400年祭が行われます。
http://www.noguni-400.com/index.html
 
 
 

25faa157.jpg
 
 

嘉手納町の道の駅に

名物「芋っこパイ」があります。


さくさくしていて、中に紅芋の餡が入っています。
 
 
 
なかなか美味しいですよ。

売れていますので、嘉手納町をとおる時は買うことをお薦めします。
 
 
嘉手納って米軍基地があるので、
そこが知られていますが、
芋の伝来の地なのです。
 
 
 
芋伝来400年だから、ではないと思うのですが
街づくりも、これからどんどん進んでいくようです。
 
なぜだか、わたしにもお呼びがかかり、

嘉手納町TMOコンセンサス形成事業副委員長に就任しました。
 
芋副委員長って感じでやっていきたいですね。

TMOどうのこうのではなく、
地域があって、ビジネスが成り立つとおもっています。
 
街づくりの機運づくりができればと考えています。
 
街づくりについてコメントもいただければ…。
 
 
 
 
オンリーワンコンサルタント 伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 01:33Comments(0)TrackBack(0)

2005年06月24日

クールビズのコンセプトは浅い ^m^

お久しぶりです。
6月23日は慰霊の日。
多くの方が沖縄の青い空の下でお亡くなりになりました。


私の実家は激戦地であった沖縄本島南部の糸満の与座。
与座岳は砲弾で木は無くなり白い岩山に変貌していたという。
裏山には日本軍が使ったトーカチがあり、
幼い頃、さび付いた弾をよくみかけた事を記憶しています。



悲劇を乗り越えた沖縄。
60年…。


今日の沖縄の空は梅雨にもかかわらず青く少し強い風が吹いていました。


 




やはり、沖縄は明るいのが一番です。


そういえば、環境省で進めるクールビズ


小泉首相が「かりゆしウエア」を着用して宣伝していたのですが、
少しビックリでした。


なにかクールビズのモデルとして
担ぎ出された感じが否めない。


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省エネルックは80年のオイルショックで話題になったが長続きしなかった。
 
今回も、環境省が本気に取組むかだが恐らく大臣が代われば忘れ去られ誰も覚えてもいないだろう。
 
 
さて、クールビズで紹介された「かりゆしウエア」だが
担当大臣は、本土に広めてあげると意気込んでいるようだが
なんか勘違いしているじぁないのかな~。


クールビズは、ロゴを作ったレベルで普及もしていない
毛の生えていない赤ん坊みたいなもの。

 
「かりゆしウエア」は35年の普及活動で県のウエアとして定着したいわば大人。




「クールビズを『かりゆしウエア』のように普及させるには
どうしたらいいんですか?」

謙虚に教えを請うべきなのに
「普及させてあげる」という環境省大臣の姿勢は本末転倒にあきれてしまった。



「かりゆしウエア」は、クーツビズであるが本当の狙いがあった。



70年に沖縄県ホテル旅館生活衛生共同組合
当時会長の宮里定三さんがコンセプトを構築し
35年前から、同組合専務の大城吉永さんは「かりゆしウエア」を推進し続けた。
 

しつこいようですが、35年前からです。

 
2度の挫折を乗り越えて3度目の正直で、
普及がすすみ県民に認知されたのである。
涙ぐましいドラマがあり、NHKのプロジェクトXで放映されてもいいくらい。



でも、おかしいと思いませんか?

「かりゆしウエア」を推進するのは縫製業組合がするのでは?
とおもうのが普通じゃないですが…。


沖縄県ホテル旅館生活衛生共同組合が、普及活動を推進したことに知られていない大きなコンセプトが隠されているのです。

 
ヒントは「観光」です。

 
「かりゆしウエア」の本当の狙いを知ると
「ゾクッ」としますよ。(少しクールになります)

 
クールビズなんてコンセプトが浅すぎます。
 
 
 
オンリーワンコンサルタント 伊敷豊

  
Posted by 伊敷豊 at 00:55Comments(0)TrackBack(0)

2005年06月10日

トカシキ島と山

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渡嘉敷村商工会地域資源調査推進委員会・副委員長に任命されました。



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なんか長ったらしくお硬い感じですね。


要するに渡嘉敷村(とかしきそん)の地域資源を掘り起こし、観光開発や特産品開発につなげ、
地域活性化を具体的に図ろうというものです。



県外の方はほとんど渡嘉敷村のことを知らないと思いますので
渡嘉敷村、商工会のホームページをご覧ください。




渡嘉敷村ホームページ
http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/
渡嘉敷村商工会
http://www.tokashiki.or.jp/



渡嘉敷の方々に
「なにが渡嘉敷の売りですか」と質問をしたとき


「ホエールウォッチング」

「綺麗な海」

「白い砂浜」


だいたい同じような答え。




渡嘉敷村のホームページをご覧になってもわかるように
「海」のイメージが強く印象に残ります。




地元の人も
渡嘉敷はイコール「海」だとおもっているんです。




確かに、海のいいのですが、
港に着いたとき、

「渡嘉敷村っていいなぁ」
「沖縄本島と違った雰囲気をもっているなぁ」
と感じたものがあります。




なにがいいのか、
何が違うのか、というと




「山」です。

山といっても200メートルくらいです。


渡嘉敷は周囲19.6キロメートルですが、
ほとんど平地がなく、山の間に平地があるという感じです。


山には山もも」が自生し春になると実をつけます。
金城造園さんが作っている「山もも」ゼリーは美味しいのでご賞味ください。
島では、昔から「山もも」を泡盛につけているようです。




渡嘉敷の人は「海」

私は「山」




そのギャップは、なぜ生まれるのかというと
客観的に渡嘉敷を観ている違いだとおもいます。


もちろん渡嘉敷の売りは「海」といっても通用します。
県内でも屈指のすばらしい透明度を誇る海があります。


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でも、隣りの島々と同じになってしまう。




何が売りなのかはっきりさせる必要がある。


「海」以外のものがなければ出来ませんが、
魅力的な山々があります。
でも活かされていない。



沖縄県内で「山」を切り口にした観光を打ち出しているところは皆無です。
ですので「山」をメインにした観光メニューはインパクトがあります。




ちょっと話しが飛びますが、
本部の山の中に、私の好きな喫茶店があります。


そこからは海は見えませんが、
沖縄独特の木々があり、
鳥の鳴き声や風の音を聞いていると落着くのです。

その喫茶店には観光客がレンタカーで多く訪れます。

そのような事例を踏まえると
沖縄だから「海」にではないのです。

「山」でもいいわけです。

渡嘉敷は、いいところですので一度は寄ってみてください。
新しい沖縄を発見できるかもしれません。







  
Posted by 伊敷豊 at 18:34Comments(1)TrackBack(1)

2005年06月09日

恵みの台風

ある人の話によると、

沖縄産の農産物が注目されているのは、


台風が関係しているという。


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何人もの人から聞いた。






最近ではゴーヤーは全国でも知られるようになり、
本土でもゴーヤーが盛んに作られるが、沖縄産と本土では違うというのだ。




沖縄野菜にはミネラルが豊富に含まれているという。
その仕組みはこうだ。



台風の強い風は、海の塩水を陸地に運ぶ。

→塩害で被害をもたらすこともあるが、
その海水が、沖縄の大地に吸収される。

→大地は台風のたびにミネラルが補給され、
ミネラルを含んだ土壌で栽培された野菜はミネラルが多く含まれる。


→ミネラルは体内に必要なもので、それが健康に貢献していると力説する人もいる。
もちろん科学的な根拠はない。





誰も立証していない。


その仮説が正しければ同じゴーヤーでも沖縄産と本土産では
当然ミネラルの含有量がちがうことになります。



台風は、災害だけとする捉え方が普通です。


災害は私達人間の視点であり、一面的でそこにはマイナスしかない。
非常に狭い見たかではないでしょか。

俯瞰で見る必要がある。


台風は、自然現象。
必要なものとして起きている。


そのように捉えると、台風のいろいろな側面がみえてくる。

台風は暑気払をしてくれる。
夏の暑さを台風が風とともに掃ってくれるのです。


2004年本土では40度近い猛暑に覆われ
ヒート現状を食い止めるため大人数で打ち水をすることをしたがニュースになりました。

おそらく台風が、本土に上陸する頻度がたかくなるだろうと思っていましたが
案の定台風が本土へ例年になく上陸しました。

台風が、打ち水をしたのです。

確かに台風がもたらす被害があるが、良い面もあります。

台風があることで、暑気払をしてくれ、
沖縄の赤瓦建築様式が生れ、ミネラル豊富な土壌を育んだ。






何事も見方を変えれば、かなり違って見えてきます。


被害をもたらす台風でもあるし
恵みの台風にもなるのです。


考えようですね。



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Posted by 伊敷豊 at 23:22Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月24日

日本初の国際政治家 ^m^

琉球王朝時代に
琉球は、中国、東南アジア、日本を相手に大交易が行われていた。
しかし、「なぜ、海外貿易ができたのか?」
案外分からない。


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今の沖縄は
失業率全国ワースト1
県民所得全国ワースト1
 
経済、政治も非常に小さいものになっている。
 
 
大交易の栄華を極めたのは、琉球王国時代のすべてではなく、14世紀後半から15世紀前半にかけて、わずか100年たらずの間。
 
マーケティング的な発想、戦略があったから、小さな島国である琉球が、大国である中国や、日本、朝鮮、東南アジアの国々と相手に堂々とわたりあえたのです。
 
 
戦略があるとないとではこうも違うのです。
 
琉球王国の大交易時代で隆盛を誇った14世紀後半から15世紀前半、その時代に活躍した、
 
尚巴志(しょうはっし・1372~1439年)、壊機(かいき)
この二人の人物の戦略家がいたから成し遂げられたのです。
 
 
 
尚巴志は、分裂していた沖縄を統一した最初の国王。
天下統一事業は、信長より140年前に成し遂げ、
政治的な世界観は信長よりもはるかに広く、
日本で最初に生まれた国際政治家です。
 
壊機は、中国人で客家と言われています。
尚巴志の父、尚恩紹、尚巴志、尚忠、尚思達、尚金福、第一尚家の五代の国王に仕えた。尚巴志のブレーン・政治顧問で、数々の事業を成す遂げます。
 
琉球外交の善隣外交の樹立三山統一南海貿易首里城築城那覇の街づくり長虹提(ちょうこうてい)海中道路整備中山門の建設迎恩亭、天妃宮の建設飲料用用水、防火用水を兼ねた南国山庭園、龍潭池(りゅうたんいけ)の造園
皆さんご存知のサトウキビ、サトイモ、紅型、かすり、泡盛もその時代に輸入したのです。
 
 
現代の沖縄は、その域を越えていない。
 
しかし、沖縄には独特の思考があります。それは、「幸せになる」普遍的な思考であり、我々の子孫は、それを受け継いでいます。
 
本土の人が、沖縄に魅せられるのはそのような、沖縄の独特な思考、
地場の強さがあるからではないでしょうか。
 
 
劇作家、プロデューサーである亀島靖さんの「琉球歴史の謎とロマン全三巻は琉球の歴史を分かり易く書いていますので「なるほど」と思うはずです。
 
 
ご一読ください。
 
 
オンリーワンコンサルタント  伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 09:45Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月16日

日本一厳しい市場 ^m^

日本一厳しい市場


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沖縄は「日本一厳しい市場」と以前書きました。
 
 
近々の失業率が8%。
県民所得も全国一低い。130万人で離島県。
 
 
「厳しいからなんだと」思われるかもしれませんね。
 
実は、日本一厳しい市場だからこんな小さな沖縄で日本でトップレベルの企業を生まれるのです。
 
え~~本当?って思われるかもしれません。
 
本当なんです。
 
 
 
例えば、米の流通。
 
沖縄は新潟のような米どころではないのですが米の流通が一番進んでいるのは沖縄なんです。
 
なんか疑っていますね?
 
 
 
理由は簡単。
 
一番環境が厳しいからです。(>_<)
 
 
 
沖縄は亜熱帯。
 
年中暑いし、湿度が高い。
ほっとけばすぐ腐れます。
 
つまり、食品には過酷な環境なのです。(>_<)
 
 
米は生鮮食品で、劣化しやすい。美味しい米を食べるには、
家庭でも小分けにして冷蔵庫で保管したほうがベスト。
 
沖縄のコメ流通業者は、保冷庫を完備している。
あっ本土の米流通業者には保冷庫をもっていない会社もあります。
 
 
それだけはない。
 
沖縄は、1972年に本土復帰するまでは食管制度がなかった。
 
米の流通はまったくの自由だったのです。
 
 
米の自由化は沖縄ではすでに行われていたのです。
 
米自由化の先進地だったのです。


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当然、厳しい競争の中、環境にも対応しないとけない。
 
こんな厳しい市場は沖縄しかない。
 
 
ホワイトテイスティーって精米を知っていますか?
 
実は、沖縄で開発されてた精米製法なのです。
 
ホワイトテイスティーの精米機は
本土大手精米メーカーS社が特許をもっていますが
その製法は、沖縄の米流通最大手のO社と共同開発したのです。
 
精米メーカーS社は、機械のことは分かるが、どのように精米すれば美味しい米にする技術(ソフト)がなかった。
 
日本一の米の研究室をもっているO社と共同で開発したのです。
 
O社の技術が無ければホワイトテイスティーはできなかったのです。
 
 
 
 
他の業種でもそうです。
 
シロアリ駆除。
 
沖縄は、日本一シロアリ被害がひどい地域。
 
本土では関東以北では、シロアリが少なくなるのですが、
南に行くほどシロアリは活発です。
 
当然、シロアリ駆除する業者も多く全国でもトップレベルの技術力を持つ企業も多い。
 
 
 
日本一厳しい市場だから
 
日本一厳しい環境だから
 
 
日本でもトップレベルの企業が
沖縄に生まれるのです。ヽ(^。^)ノ
 
 
 
オンリーワンコンサルタント
マーケティング戦略沖縄編集長 伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 23:50Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月15日

しーぶん ^m^

「しーぶん」って知っています?
 
シー、海に関係することなのか?


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いえ、いえ、違います。(^_^.)
「しーぶん」は沖縄の方言です。
直訳すると
「おまけ」という意味ですが、
ちょっとニュアンスが違います。
 
 
 
 
沖縄の南部の小さな港町。
新鮮な魚が買えるという話を聞いてドライブで立ち寄ったのです。
 
そこに行くと、魚屋さんが数件並んでいました。
その1軒の店に入ると新鮮な魚が並んでいる。
 
うぉ~~~っ (゜))<<
 
そこで、美味しそうな刺身を選んでレジで支払いです。紙袋に包んでUパックを受け取ると
 
 
なんかデカイ
 
でっかくなっちゃった!
中をみると買った刺身の他に大きな包み紙が入っている。
 
 
「なんだろう?」(*_*;
 
店のオバサンがにっこり(^-^)笑って
 
これ魚の切り身よ。もっていって」というのではないか。
 
 
「あっ すいません。ありがとうございます」(^◇^)って買い物袋を手にした。
印象に残りますよね。それって人に話します。
 
だから、どんどん口コミで広がっていく。
私も書いちゃっている。( ..)φ
 
しーぶんは「おまけ」「サービス」ではないのです。
 
 
 
 
気持ちなんですね。
 
「心」がこもっていなければいけません。
 
 
「私の気持ちを受け取って」を形にしたのが「しーぶん」なんです。
気持ちがこもっていない「しーぶん」は「おまけ」なのです。
 
琴線に触れない。
 
ビジネス、ビジネスで考えていると「しーぶん」は出来ないのです。
 
 

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この「しーぶん」こそ沖縄の商売哲学なのです。
 
 
沖縄には、心理を掴むマーケティングが昔からあったのです。
沖縄ってすごいところですよ。
 
 
 
 
オンリーワンコンサルタント
マーケティング戦略沖縄編集長 伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 14:16Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月05日

日常の死 ^m^

9b44e7ee.JPG
 
きれいなハイビスカス


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沖縄では「あかばなぁ」といいますが、別名「ぐそーばなぁ」ともいう。
 
「あの世の花」という意味です。
 
 
 
墓の周りの生垣として「赤ばなぁ」が植えられていたことで昔の人は「ぐそーばなぁ」とつけたのじゃないでしょうか。
 
ゲッ、そうなの(・o・)
えっ じゃ 不吉な花?
 
あんなにリゾート地に植栽されているのに…。と、おもわれるのかもしれませんが、そうではありません。
沖縄では生垣や鑑賞用にも使われていますのでご安心を。
 
 
 
ちょっと話しが飛びますが
他府県と比べてどうかわからないのですが
沖縄の人は、「死」について非常におおらか、日常的な出来事だと認識しているのではないでしょうか。
 
すごく自然で、日常に死がある。
 
沖縄では葬式が終わると、7日毎に7回親戚一堂が集まります。それを「ナンカ」といいます。
 
「ナンカ」では、生前の個人を憂い悲しむ場というより、一種の社交場で日頃会わないお互いの近況を話します。
 
親戚同士でも顔を知らない人もあり、年長者が仲立ちになり紹介し合うなどワイワイガヤガヤとやっています。
30数年前に、私の祖母がなくなったのは朝。幼稚園に入る前で
まだ幼かったのですが鮮明に覚えています。
 
悲しみというより、日常的な穏やかな空間に思えました。
 
沖縄には血縁関係で構成された門中(むんちゅう)があり、人の死を受入れる素地は、門中行事により形成されたのだとおもいます。
 
門中行事があることにより、
あの世とこの世を 日頃から受入れ、
死を日常生活のシーンとして素直に受入れる素地を作っているではないでしょうか。
 
親や親戚の死に遭遇しても自然に受入れることができる。
 


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誰でも人の死は悲しい。
 
しかし、沖縄人は人の死を日常の出来事として受入れられる。こう書くと沖縄の人たちが本土の人と比較して特別な死の世界感や宗教心を
強く持っていると思われるかもしれないが、けして特別ではありません。
「あの世」触れ合うことが日常化しているのです。
墓の周りにハイビスカス「ぐそーばな」を艶やかに咲かせ死者の魂にこころを傾けることができる余裕が沖縄にはあるのです。
 
死と、艶やかな「赤ばなぁ」
 
なんか同じように思えるのです。
 
 
 
私は、俗にいう無宗教です。あしからず。(^・^)
沖縄でも核家族化が進み、死は日常的な出来事から特別なものになりつつあります。死を異常に恐れるようになった。
死にたくない、生き延びたいという死への恐怖の裏返しです。
 
死に向き合う機会が少ない為、あの世とこの世を日頃から意識しないため、死が迫った時、極端に死を恐れるのではないでしょうか。
 
死への恐怖は生への執着を生む。生への執着は、自然の摂理に反します。
 
 
沖縄のように日常生活の中に祖先や超自然的なことについて「花」と触れ合うような感じで接することが大切だとおもいます。
 
 
オンリーワンコンサルタント
マーケティング戦略沖縄編集長 伊敷豊  
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2005年04月28日

夫から魚を買う妻 ^m^

夫から「魚」を買う妻 (゜))<<
 
想像してみてください。
なんか変ですよね。(ーー;)


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別居状態なのか?
夫婦仲がわるいのか?
夫の商売は何をしているのか?
税金対策なのか?
なんで、夫からわざわざ魚を買うのか?
魚以外でも買うのか?
 
いろいろ疑問ができています。
 
実は、沖縄の漁師街、<゜)))彡糸満の海人(うみんちゅ)の
優れたビジネスモデルなのです。
 
つまり、漁師である夫から、奥さんは魚を買い売ってあるくのです。
 
へっ、まだ納得していません?
腑に落ちませんか?
 
そう、「なぜ、夫から魚を買うのか?」ということですよね。
 
それは、リスク分散なんです。
 
だんだん、分かってきました?(^。^)
 
漁師は、魚を獲ってくるのが仕事ですが、
海は、いつ何が起きるかわかりません。
 
一歩間違えばです。(>_<)
 
つまり、漁師である夫は、いつ死ぬのかわかりません。
 
魚を売って商売をしている妻は
夫に頼っていると、
依存した関係だと
何かが起きれば、商売ができなくなります。


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しかし、
漁師である夫から仕入れていれば
夫になにかあれば、
妻は、他の漁師から仕入れればいいのです。
 
糸満の漁師の家は、夫婦の財布が別々なのです。
今は、どうかわかりませんが!
 
リスクヘッジ の考え方ですよね。
 
共倒れを回避するために、
妻は、夫から魚を仕入れいるのです。
 
これって、自然という厳しい環境を
生活の中に取り込み、
ビジネスとして、必要なリスク分散が、しっかり考えられている。
 
リスク管理、リスク管理といわれる昨今ですが
糸満の漁師街では
日常のようにリスク管理がされていたんですね。
 
恐るべし海人。
 
これって、すごいビジネスモデルですよね。(^^♪
 
 
オンリーワンコンサルタント
マーケティング戦略沖縄編集長 伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 09:44Comments(0)TrackBack(0)

2005年04月19日

墓の周辺が、交通渋滞



17日の日曜日に、清明祭(しーみぃー)にいってきました。(^J^)


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サトウキビの収穫が一段落した頃、数多い門中(むんちゅう・血族)行事でも大きな催事、清明祭があります。

墓参りのようなものです。

ちょっとニュアンスが違いますが。


春の行楽シーズンみたいに、

墓の周辺は交通渋滞が起きるほどです。



なんか、ワイワイとした雰囲気で墓の周辺が明るくなり活気がでるんですよ。

そこが、沖縄らしいんですけどね。


清明の時期のやり方は地域、門中により多少違いがあります。


墓参りは、親兄弟の家族単位で、それぞれ墓参りに行きます。私達の門中は人数が多く、家族単位でお墓参りしたあとは、実家に帰りお供え物を食べます。

中には、墓参りした親戚一同が、ピクニックのようにお供え物をお墓の前で食べる門中もあります。

沖縄の墓は、人骨を納め、お墓参りする為にあるのでないのです。

本土のお墓の意味合いと違い、沖縄のお墓は清明の時など、一族が集るところ、墓が血縁、血族の拠り所なのです。

墓の大きさが血族である門中繁栄の証であるともいえ、遠くから確認できるほど沖縄の墓の大きいのもそのような理由があるのです。


本土の友人に沖縄の亀甲墓を見せると

「大っ~き~い」と言います。

墓の中はどうなっているか?


知りたいですか?

ではちょっとだけ。


墓が大きいだけあって、内部も大人数名が入れるほどの広さがあります。

どんどん新しく納骨されるので、

以前納骨された骨はどうするのかというと、最後は、骨は皆と同じようにいっしょにされるのです。骨の山が、墓の奥にあります。


最初は「げっ」と思いましたが、よく考えると

人間は、やはり土に帰るのです。



納得!


沖縄にも地域によって異なり、本土と同じように何々家というような、それぞれの家で管理する個人墓もあります。


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一族の共有財産である墓の管理や門中行事の運営も門中が大きければ大きいほど大変です。ある門中は何百名もいて法人化したという話も。

門中運営は、本家が中心になり、年間の門中行事を取り仕切る幹事「ハルサジ」が数名選ばれ当番制で運営されます。

門中会議では墓掃除はもとより、年数が経てば、墓も古くなるので改修計画を立て資金を門中から改修費用を集め、業者に頼む場合もあるが門中総出で改修工事にあたります。

私の実家は門中の本家で、門中行事には家が溢れかえるほど親戚の人たちがやってきて供え物や来客の人に出す食事を作ったりしていたことを覚えています。


清明祭は、年中行われている門中行事の一つなのです。


門中制度は、とても効率がいい、考えられた制度だとおもいます。


この制度を、ビジネスモデル、プランに応用できないか、と。





オンリーワンコンサルタント

マーケティング戦略沖縄 伊敷豊

  
Posted by 伊敷豊 at 08:45Comments(0)TrackBack(0)

2005年04月17日

笑子さんの長寿料理

沖縄県は長寿県として有名ですが、男性の平均寿命が26位に落ちたのです。


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マスメディアは「長寿県が危ない」と騒ぎ立てて、

行政も、「長野県を見習おう」という運動をする始末。

それって典型的なリサーチャー的な捉え方です。



ようするに、データに振り回されているって感じです。



マーケティング的に見ると、「長野県を見習おう」という事にはならないはずです。



なぜ、平均寿命が落ちたのかというと

ライフスタイル、食文化が急激に欧米化していったからです。



沖縄は、戦後、長く米国統治下に置かれました。

その時、マクドナルド日本上陸より早く、ファーストフードが沖縄に進出しました。

米軍がいたため、ポーク缶詰などの缶詰は、どんどん食卓に普及したのです。



私の母親は、缶詰のツナを「トゥナ~」と発音します。

何も、英語がしゃべるわけではありませんが、それだけ、米軍から缶詰が流入したことがわかります。





沖縄の男性が、身をもって沖縄の伝統的な食文化、ライフスタイルが

「長寿の大事なソフト」であると証明したのです。



つまり、沖縄の食文化、ライフスタイルを温故知新していけばいいのです。

なにも長野県を見習う必要はないのです。







先月、長寿の村として有名な、大宜味村(沖縄本島北部)に取材にいきました。

実は、私は、マーケティング戦略沖縄の編集長をしています。



大宜味村で地域の伝統的な家庭料理を、地域の食材を使い、地域ぐるみで取組んでいる「笑味の店」があります。



オーナーは金城笑子さん。

名前も素敵だが、情熱的で、沖縄の女性って感じです。



「笑味の店」のモットーが素晴しい。



①女性であるソフト画を生かす

②こだわりの食品づくり

③地域に根ざしたお店

④主役は作る人&買う人

⑤適量、多品目

⑥伝統食の掘り起こしと伝承

⑦高齢者との連携

 

笑子さんは、管理栄養士の資格を生かし、大宜味の地域の食べたれた食材を活用し、地域の昔ながらの伝統料理をアレンジし「長寿料理」を出しています。これが、段々と口コミで広がり、オープンして2年後から忙しくなり始めたという。



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「これまで、旅行代理店からお願いされてツアー団体を受け入れていました。

3年前からできるだけ地域を巻き込んでいきたいと考え、ツアーを受け入れるときはできるだけ、地域へお金が落ちるように旅行代理店にお願いしています。

公民館を使うと使用料を出してもらいます。その他に、司会、ガイド、接客係にも、地域の方にお願いし、いくらか手当てをだしてもらいます。

笑味の店だけなく、地域の公民館を活用することで、皆さんも笑味の店の活動を理解してくれますし、地域全体が一体となって取組むことができます」

と、笑子さん。





笑子さんは、地域を巻き込むことで、「地域の誇り」「アイデンティティー」を醸成しようとしています。

事実、ツアー客がオバー達と触れ合うことで、オバーを含め地域の人たちが自分たちの価値、地域の価値を認識し始めているとのこと。



「85歳以上のオジー、オバー(お年寄り)は、それだけでブランドですよね」

笑子さんの言葉が印象的でした。



家庭料理を出す「笑味の店」と地域との連携し、観光客団体を受け入れるのは、非常に面白いビジネスモデルで、地域の知恵を感じます。

大宜味村だけではなく、沖縄のオジー、オバー達がいる村落で、このビジネスモデルは活用できるのです。



オンリーワンコンサルタント 伊敷豊  
Posted by 伊敷豊 at 09:35Comments(0)TrackBack(0)

2005年04月15日

海人←沖縄の方言でなんて言うか分かりますか?



海人を「うみんちゅ」と、いいます。
漁師です。
石垣に行った人は「海人Tシャツ」を見たことがある思いますが。
 
海人、って荒々しく、肉体労働者って感じですよね。
でも、明治以前の海人の中には、かなり頭脳労働者もいました。
 

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皆さん、水泳で使うゴーグルは知っていますよね。―◎‐◎―
あれを、発明したのは、ナイキでもなく、
なんと、糸満の海人だったです。
 
ゴーグルの特許をとっていたら
大金持ちだったかもしれません。
 
ちゃんと記録に残っていますよ。
でも、「なんか、信じられない」と思っていませんか?
 
明治以前の糸満の海人の漁法は
日本トップクラスの最先端の技術だったのです。
 
当時、本土へ漁をしにいった海人が
普段とれない魚を水揚げしたので
本土の地元の学術関係者がビックリしたという記述が残っています。
 
さつま揚げも、もともとは海人、糸満で作られた漁師料理。
鹿児島では、さつま揚げのことを、「ツケアゲ」といいますが
沖縄の方言で「チィキアギ」といいます。
「チィキ」は突く、「アギ」は揚げる、の意味です。
 
沖縄のカマボコは、油で揚げるのです。
 
それが、鹿児島に伝わった時に「ツケアゲ」と変化したのです。
 
明治以前の糸満、海人の街は、
シリコンバレーのような最先端の街だったのでしょう。
 
昔を懐かしんで、いるのではありません。
 
実は、オンリーワン企業を取材していると
沖縄の文化や生活習慣に、
オンリーワンビジネスにつながるものが、
残されていたことに気がついたのです。
 
あ~っと、時間が来てしまいました。
 
それでは、また。
 
 
オンリーワンコンサルタント 伊敷豊
   
Posted by 伊敷豊 at 22:50Comments(0)TrackBack(0)