2005年07月27日
浪花節のブランディング ^m^
「魚沼産コシヒカリ」は米のトップブランド。
しかし、新潟産米は1960年代まで「鳥またぎ」
つまり、鳥もまたいで食べないまずい米として
米問屋では有名だった。
エ~、ウソみたいな話し。

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魚沼地方は、肥料を入れてもすぐ流れる、土を掘ると石のやせた薄い土壌で、
コメだけでは食べていけない出稼ぎの地域だったのです。
では、なぜコシヒカリが生れ、トップブランドになり得たのか。
その要因は3つあります。
第1に、コンセプト構築したマーケッターの存在
コシヒカリのコンセプトは「美味しいコメ」です。
今では当たり前のように思えるますが、
1960年代ごろまで政府が全部買い上げる食管制度時代では、
コメの美味しさより収穫量が重要でした。
コシヒカリの開発を推進した杉谷文之氏は、
いずれはコメの美味しさが評価基準になること見込んでいた。
杉谷氏にマーケットの流れを読む力がなければ魚沼産コシヒカリの誕生はなかったと言えます。
杉谷氏が農業技術者でありながらマーケッターだったので
「美味しいコメ」という明確なコンセプトを打出せたのです。
第2に、ターゲットの絞込み牙城に食い込む
1971年食味ランキングで新潟産コシヒカリは1位になったが市場では無名であった。
美味しいが売れない状態だったのです。
当時、ササニシキがブランド米として有名で、その壁をどのように突き崩すのかが課題でした。
そこで販売担当者は消費者ターゲットを絞り込む。
東京・世田谷、杉並に住むアッパー層に絞り込み、新宿のあるデパートに狙いをさだめ交渉し販売を開始。
口コミで販売が伸び、その評判を聞きつけ米問屋、小売店から注文が殺到した。
マーケティングで重要なのはターゲットの絞込み。
「美味しいコメ」であれば、少々値段が高くても買う消費者にターゲットを絞り込むことで
無駄な動力もなくなり、「美味しいコメ」というコンセプトが生きブランド化がスムーズに達成できる。
ブランディングの手本のような事例です。
第3に、長い戦いに打ち勝った技術者、生産者の思い
コシヒカリは稲が倒れる、いもち病気に弱いという欠点があった。
その欠点からなかなか栽培面積が広がらなかったが、
それを支えたのは農業技術者と生産者の思いである。
冷水、低温、やせた土壌でも美味しいコメになる付加価値の高いコシヒカリをなんとか育て、
貧しい農家から脱却したいという農業技術者と生産者の信念があったから、
長い不遇時代を乗越えられたのです。
コシヒカリのブランド化は農業技術者と生産者の思いの帰結点である。
ブランド戦略は参考になる。
ブランド(マーケティング)戦略というと、
何が用語だけが先行してしまいがちだが、
方向性を明確にし、智恵を絞り、継続していく信念がないといけない。
決め手は、それに掛ける「情熱」。
ブランド戦略企画書を書くことは誰でもできる。
得意げにマーケティング用語を使う輩にはできません。
大切なのは熱い想いが、あるか否か!
ブランディングは浪花節なのです。

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コシヒカリのコンセプトは「美味しいコメ」です。
今では当たり前のように思えるますが、
1960年代ごろまで政府が全部買い上げる食管制度時代では、
コメの美味しさより収穫量が重要でした。
コシヒカリの開発を推進した杉谷文之氏は、
いずれはコメの美味しさが評価基準になること見込んでいた。
杉谷氏にマーケットの流れを読む力がなければ魚沼産コシヒカリの誕生はなかったと言えます。
杉谷氏が農業技術者でありながらマーケッターだったので
「美味しいコメ」という明確なコンセプトを打出せたのです。
第2に、ターゲットの絞込み牙城に食い込む
1971年食味ランキングで新潟産コシヒカリは1位になったが市場では無名であった。
美味しいが売れない状態だったのです。
当時、ササニシキがブランド米として有名で、その壁をどのように突き崩すのかが課題でした。
そこで販売担当者は消費者ターゲットを絞り込む。
東京・世田谷、杉並に住むアッパー層に絞り込み、新宿のあるデパートに狙いをさだめ交渉し販売を開始。
口コミで販売が伸び、その評判を聞きつけ米問屋、小売店から注文が殺到した。
マーケティングで重要なのはターゲットの絞込み。
「美味しいコメ」であれば、少々値段が高くても買う消費者にターゲットを絞り込むことで
無駄な動力もなくなり、「美味しいコメ」というコンセプトが生きブランド化がスムーズに達成できる。
ブランディングの手本のような事例です。
第3に、長い戦いに打ち勝った技術者、生産者の思い
コシヒカリは稲が倒れる、いもち病気に弱いという欠点があった。
その欠点からなかなか栽培面積が広がらなかったが、
それを支えたのは農業技術者と生産者の思いである。
冷水、低温、やせた土壌でも美味しいコメになる付加価値の高いコシヒカリをなんとか育て、
貧しい農家から脱却したいという農業技術者と生産者の信念があったから、
長い不遇時代を乗越えられたのです。
コシヒカリのブランド化は農業技術者と生産者の思いの帰結点である。
ブランド戦略は参考になる。
ブランド(マーケティング)戦略というと、
何が用語だけが先行してしまいがちだが、
方向性を明確にし、智恵を絞り、継続していく信念がないといけない。
決め手は、それに掛ける「情熱」。
ブランド戦略企画書を書くことは誰でもできる。
得意げにマーケティング用語を使う輩にはできません。
大切なのは熱い想いが、あるか否か!
ブランディングは浪花節なのです。

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Posted by 伊敷豊 at 08:56│Comments(3)
│オンリーワンマーケティング
この記事へのコメント
その通りですよ!!!\(^∇^)/
「鳥またぎ米(とりまたぎまい)」でした!
本家は「米農家」なので、物凄く言い聞かせられて育ちました。
つい最近まで、新潟平野はズブズブの泥濘でした。
小学校の社会科で、泥に舟を浮かべ、首まで泥に浸かりながら農作業に勤しむ姿の映像を見せられたこともあります!
(県の歴史博物館にも「資料」があります。)
私にはとても務まらない作業なので、見学する度にゾッとさせられます(^^;
ですから、時代劇で「米どころ越後云々・・・」と出て来ると、不気味なのです♪
「鳥またぎ米(とりまたぎまい)」でした!
本家は「米農家」なので、物凄く言い聞かせられて育ちました。
つい最近まで、新潟平野はズブズブの泥濘でした。
小学校の社会科で、泥に舟を浮かべ、首まで泥に浸かりながら農作業に勤しむ姿の映像を見せられたこともあります!
(県の歴史博物館にも「資料」があります。)
私にはとても務まらない作業なので、見学する度にゾッとさせられます(^^;
ですから、時代劇で「米どころ越後云々・・・」と出て来ると、不気味なのです♪
Posted by 笛木のり at 2005年09月30日 22:15
その通りですよ!!!\(^∇^)/
「鳥またぎ米(とりまたぎまい)」でした!
本家は「米農家」なので、物凄く言い聞かせられて育ちました。
つい最近まで、新潟平野はズブズブの泥濘でした。
小学校の社会科で、泥に舟を浮かべ、首まで泥に浸かりながら農作業に勤しむ姿の映像を見せられたこともあります!
(県の歴史博物館にも「資料」があります。)
私にはとても務まらない作業なので、見学する度にゾッとさせられます(^^;
ですから、時代劇で「米どころ越後云々・・・」と出て来ると、不気味なのです♪
「鳥またぎ米(とりまたぎまい)」でした!
本家は「米農家」なので、物凄く言い聞かせられて育ちました。
つい最近まで、新潟平野はズブズブの泥濘でした。
小学校の社会科で、泥に舟を浮かべ、首まで泥に浸かりながら農作業に勤しむ姿の映像を見せられたこともあります!
(県の歴史博物館にも「資料」があります。)
私にはとても務まらない作業なので、見学する度にゾッとさせられます(^^;
ですから、時代劇で「米どころ越後云々・・・」と出て来ると、不気味なのです♪
Posted by 笛木のり at 2005年09月30日 22:15
もともと土地が悪く産地ではなかったところに
ブランド米を作っていく努力は頭がさがります。
地震で被害も受けていると聞きます。一日も早い復興を願っています。
ブランド米を作っていく努力は頭がさがります。
地震で被害も受けていると聞きます。一日も早い復興を願っています。
Posted by 伊敷豊 at 2005年09月30日 22:15