2006年11月20日

ギャップを認める

ギャップを認める

ギャップ


ギャップを認めるありがとう!よつば

写真を見た

ん~ん~

すこしうなった。



そのAさんの写真

笑顔

たしかに、にこやかに 笑っている

普通の人が見れば、

「良い笑顔じゃないですか!
「明るく、活発そうな方ですね」

という、印象でしょう。



しかし、その笑顔の裏から
その人の言い知れない不安が垣間見てきた。

表の顔

素の顔

ギャップ



作った笑顔に
無理をしているのを感じた。

仕事で強要された笑顔は
仮面みたいな笑顔になる。

笑顔をつくらないと いけないもの

そういないと不安になる。

問題なのは、その人がそうしていることに気がつかないこと

本人は、自分がどこにいるのかわからない

どれが自分の本当の姿なのか
わからなくなり

そのギャップに
大変くるしんでいる


そういう時は、
表の顔ではない方の顔を
自分本来の顔でるあることを認めこと

そこがスタート

表の顔とのギャップを
素直に認める ことから始まります。



私が見た人で、
仕事の顔とプライベートの顔のギャップに苦しんでいるBさんがいました。

仕事は、きちんとこなす人です。

でも、表の顔をどんどん作っているので感情が

仕事では、こうしないといけない 
と強迫観念があったのです。


そこでBさんへ
Bさん自身の状況を説明し

仕事の強迫観念を捨てるには
プライベートな時の顔を
意識するようにアドバイスしました。

すると、ストンとBさんの中に落ちて

段々周りが見てきて
仕事でも落ち着きがでてきました。




仕事で、自分がどういう風な顔をしていたのか
ギャップを知り、

そのギャップを受け入れた時
自分をコントロールしていけるのです。


もちろん、仕事では、仕事の顔をつくる必要もあります。

問題は
つくり過ぎてわからなくなる場合です。

素の顔を思い出して、
そのギャップを意識すると違ってきます。


ギャップを認める今日もツイてるよつば


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この記事へのコメント
ギャップとは伊敷さんのいうとおりでしょうね。人は一人、使い分けることができるでしょうか?昔から世界で言われている。

ジキルとハイドの例え話、二重人格である。
貴方は何で使い分ける必要があるんですか? 答えは簡単です自分が中心と思っているからです。子供でしょう。

子供と大人の違いは簡単に判断できる。私は次のような判断物差しで見ている。

子供とは「自分のことしか考えない人、行動をする人」
大人とは「他人のことを考えて、相手のことを考えて、行動する人」

年齢ではない。
例えば、モノレールに乗っていてお年寄りが乗ってきた時、小学生が「おじぃ~やおばぁ~」に席を譲る行為は大人の行動である。

自分さえ、えいけりゃの子供が多いから、この世がおかしくなっている。
いにしえの琉球人は譲り合い、助け合い、共に琉球王国を創ってきたのではなかろうか?その原型が「もあい」として残っている。

この「もあい」も今では仲間の小さい助け合いとなっていることにに危惧する。
世界は広いで、白も黒も茶色も赤人もいるでよ!

若い人々よ!世界を見よ!他国に行って自分の島を見て欲しい。
これは本土の若者にも言いたい。

葦の穴から世間を見ても、将来は、世界は見えない。
私は岩手県に生まれ18歳で故郷を離れ、日本全国47都道府県、外国を訪れて人々に接した。

ウチナンチュウの人々も世界に飛び出し、自分のルーツの良さを知った。
骨は生まれ故郷に埋めて貰いたい。・・・・・・・・・!と思っているのでないだろうか?

人々の頭はの中に小さい宇宙がある。これを使わずしてワイワイしている。
私から見るとワジワジしている。

貴方がたの故郷はアメリカのマイアミと同じ環境にあるよ!お金持ちを集める環境である。

これに気づいていない沖縄県民は「アキジャめよ!」と言いたい。
一億2600万人の日本国民、160万人の力は大きい。沖縄の自立は自分たちで考えよう。

でなければ、ギブミーチョコレートという戦後の日本国民の姿と変らない。
親から独立した生活をしょう。私も一人のウチナンチュウーとなった。
Posted by 三田豊 at 2006年11月22日 22:57
 
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