2006年07月07日

究極のやさしさ

究極のやさしさ


信頼するKさんの講演のCDを車の中で聴いていました。

おだやかで、
あやすような言葉の響きに、

Kさんが助手席に座り話しかけているような錯覚に陥るくらい
身近にKさんがいる感じに落着いた気持ちになれました。



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講演の中で、Kは「やさしさ」について話していました。


普通のやさしさは
困っている人がいるのなら
魚をあげること。


究極なやさしさとは

困っている人がいるのなら
魚をあげるのではなく
釣り方を教えること。


釣り方のノウハウだけでなく、
なぜ魚を釣るのか、なぜ食べるのか、なぜ生きるのか、
その意味を考える力を付けてやることだと。

Kさんは「やさしさ」の源泉を掘るにはどうしらたいいのか語っていました。





食べることに困っている人に
魚を与えることをやさしさと勘違いしている人は多い。

そのやさしさは安易です。

魚を与えられた人はどうなるのでしょうか?

また、魚をもらえるとおもい、更に怠惰になり
どんどん依存体質を悪化させてしまいます。

魚を与えた人は
やさしさだと勘違いし、
その人をダメにしていると思っていないので、
問題は複雑になっていきます。

やさしさが、あだになるとは、このことです。

やさしさの本質を知らないということは、
ある意味恐ろしいですよね。

依存関係は、一方が依存しているのではありません。
互いが依存し合っているのです。

だから依存関係は続いていくのです。


依存関係は互いの心のあり方が
低いレベルの時に陥りやすい。

高い意識レベルの人は、互いの関係を依存ではなく
尊敬する関係にもっていきます。


究極のやさしさは
生き方そのものに影響を与えるのだと
Kさんの講演を聴きながら改めておもいました。





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この記事へのコメント
伊敷さん、はじめまして。
笑助(しょうすけ)と申します。

同感しました。
相手の事を思う究極のやさしさとは、
まさしくそう思います。

仕事、家庭、人間関係全てに共通して
いるテーマですよね。

私自身もあらためて感じました。
Posted by 笑助 at 2006年07月08日 07:10
そうですね。全く、其の通りです。

私は引き摺られて、ホームレスの支援団体の手伝いしたり、所属してみたりしていました(今はノータッチです)。
よく↑のような結末には至るのですが、結局本人の意志次第の問題になって、頓挫してました。
食事を振る舞って、感謝されることだけに快感を覚えるタイプの人たちに、確かに「共依存関係」を感じ、嫌気が差しました。

「依存」に快感を覚える心持ちの人に接すると、気分がおかしくなってどうしようもなくなります。PCの場合、やりとりしている内に何故か相手のPCが故障します^^;

先日はお忙しいのに、急にお電話頂いた今野さんのお声も、とても優しかったです^^。
Posted by ふえきのり at 2006年07月08日 18:10
笑助さん

はじめまして!

>仕事、家庭、人間関係全てに共通しているテーマですよね。

そうです。すべてに当てはまりますね。
互いに尊敬できる関係をきずきたいですね。
Posted by 伊敷豊 at 2006年07月11日 06:28
ふえきのりさん


そういうボランティアを経験したのですね。

感謝は自然にわきあがるものですよね。
無理な、人為的な感謝は長続きしません。
Posted by 伊敷豊 at 2006年07月11日 06:32
 
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